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Ortakoy Mosque (Buyuk Mecidiye Mosque)

Istanbul, Turkey : イスタンブール・トルコ  ボスポラス橋をバックに海峡の岸辺に建つなかなか絵になるモスクで、市街地から若干離れている場所ではあるが、礼拝堂はその美しさからであろうかツアー客でいっぱいであった。2本のスリムなミナレットを抱くコの字のピンク色をしたファサードは西洋建築風である。その後ろに正方形の礼拝堂が控える独特の形状で、巨大なドームはオスマン様式のシンプルな青銅色のものであるが、ドームの載った台座から下の4隅の4本の柱とアーチの形状は美しく絢爛に装飾されている。デザインはトルコへ西洋建築技術を持ち込み国内にたくさんのモスクや公共建築を建造した、アルメニア建築家一族のBalyan家の父Garabet Balyan氏と子であるNikoğos Balyan氏。イスラーム建築と西洋建築の融合させた建築で名高い建築家であるが、このモスクもネオバロック様式の華麗なデザインを取り入れている。礼拝堂でドームを見上げると、正方形のモスクの壁は美しく装飾された細長い窓を当てがった垂直性を相当に感じさせるデザインで、その煌びやかさと共に天井の高さに驚く。イスタンブールの歴史的なモスクは基本的に窓が小さく薄暗いが、ここはその4面の窓からもたくさんの光が差し、内部は非常に明るい。ドームの内壁も、オスマン様式で見られるような平面的な植物文様の繰り返しとは異なり、緻密な絵画のような独特なものであった。

Al-Jabbar Grand Mosque

Bandung, Indonesia : バンドン・インドネシア  バンドン出身の建築家、州知事でもあるRidwan Kamil氏渾身の作となる巨大モスク。途中工期の中断もあり、外装が完了してからもなかなか工事は進まず5年を費やして完成した。礼拝堂だけで約10,000人を収容する。氏の設計したモスクはバンドン郊外のキブラ壁を取り払い、グレイのブロックを積む無機的な構造で話題になった Al-Irsyad Mosque があるが、他にもおよそモスクには見えないモスクをデザインし建造していることでも話題である(最近のモチーフは花や折り紙などであった)。このAl-Jabbar Grand Mosqueもインスピレーションは魚の鱗とのことで、巨大な三角形の庇と菱柄の段差のついたガラスパネルのモチーフをドーム状に重ねた壮大なデザインである。モスクは貯水池の中にあり、礼拝者は入場と出場に分かれた2本の橋でアクセスする。鋭角の4本のミナレットは池の水中から突き出している。文様は幾何学的なイスラーム文様が基本的に使われているのだが、鱗の庇の裏側だけはBatik Megamendungと呼ばれる雲柄が使われており、氏の郷土愛からなのか。訪れたのは日曜日のせいか、礼拝者が詰め掛けており、中庭の外周の回廊ではたくさんの人々が座り込んでくつろいだり食事を取っていた。

Al-Shafei Mosque

Jeddah, Saudi Arabia : ジェッダ・サウジアラビア  Jeddah旧市街の歴史地区、Al Balad地区にある市内で最古ともいわれる歴史あるモスクである。旧市街は伝統的な格子を使った装飾が特徴の中層の建築群が立ち並ぶ地域で、その入り組んだ路地の中に隣り合ってミナレットが建っている。門をくぐり、モスクは通りより低い場所にあるため通常のモスクへの入場と違い階段を降りるのも珍しいが、すると中庭にある四角く開けた空間が広がっている。周囲と建築と違って平屋建ての建築様式は独特で、アラブ様式ではあるが原型は13世紀頃の建造、その後大規模な改築とのことで、中庭の木製の柱と梁、十字型の彫刻の装飾で支える2面のアーケードが美しい(以前の写真を見ると構造的には4面がぐるりと中庭を囲む回廊だが、現在はガラス窓がはまっており作り変えられた)。礼拝堂は列柱のアーチが整然と続き、中庭と同じ木製の天井にシャンデリアが輝く。暗く見えにくいが、ドームも木造である。現在はモスク全体のさらなる修復が終わっており、洗練されている中に初期イスラーム建築のプリミティヴな雰囲気も残っていて、個人的に見学したサウジアラビアのモスクの中では一番好きなタイプのモスクである。ミナレットはこのモスクの様式とまったく関係なく、エジプトで見られるような2段になった緻密なムカルナス装飾のバルコニー、柱が四角形から上部へ向けて八角形に、頭頂部が球状になったデザインだ。モスクが建つ前から別のモスクがあり、そのミナレットをそのまま使っているのか。年代もこのモスクの建造より古いそうで、確定できていないようである。モスクは開放されているかどうか、はっきりとわからなかったが、中庭はガイドが率いる観光客の団体や、おそらく個人的に訪れる観光客もみかけたのでおそらく中庭までは許可がなくとも入ることはできそうなので、旧市街探索の建築巡りのハイライトとしてお勧めする。

Zeyrek Mosque

Istanbul, Turkey : イスタンブール・トルコ  Monastery of the Pantokratorという修道院の複合施設を転用した、イスタンブールのビザンツ様式建築の中ではHagia Sophiaに続き、2番目に大きいモスクである。庭正面から見ると左右非対称なのは、1棟と2棟の増築された教会が平行に建ち統合されたためで、向かって左から南棟のChurch of Christ Pantocrator、中棟のChapel to St Michael、右が北棟のChurch of the Theotokos Eleousaである。多くの皇帝が埋葬されたため、真ん中は皇帝の霊廟などとも呼ばれる。南北の教会は、ビザンツの正教会建築である四円柱式内接十字型で造られた。礼拝堂上のドームは南北に1個、真ん中に2個、それぞれ違う規模で違う文様で装飾されている。南棟のエントランス側にもう1個ドームがあるが、1階から構造上見られることができなかった。各々の礼拝堂は正教会で見られる礼拝堂へ入れない者のためのナルテックスと呼ばれる細長い通路状の構造で接続されており、また、もうその外側がアウターナルテックスが出っ張りのようになって南棟と中棟を接続している。ミナレットはナルテックス側、エントランス側に建つ。ビザンツ帝国時代の教会、霊廟から一時的にラテン帝国時代の宮殿、オスマン帝国の侵攻後にマドラサ、モスクとなりその後は放置され外壁は崩壊が始まるほど荒廃してしまったが、その長い歴史に渡る建築の意匠は綿密に調査されて現在は美しく修復されている。

Bogor Grand Mosque (Al-Mi'raj Grand Mosque)

Bogor, Indonesia : ボゴール・インドネシア  ジャカルタ郊外のボゴール市は街の中央に大きな植物園があり、モスクは駅周辺の繁華街からはその公園を越えた高台に建っている。モスクの敷地は大きく中庭が取られ、中庭を挟んで2棟の建物が建っているのだが、メインドームと2個の小ドームを持つ礼拝堂にはミナレットはない。構造は少し変わっていて、礼拝堂はアーケード状の回廊で別棟と繋がっており、その別棟は下層がイスラーム開発研究ボゴールセンターの事務所などに使われ上層がミナレットになっている。ミナレットは台座の長方形から8角形になり、段々に細くなっていく。設計はジャカルタの Istiqlal Mosque を設計した建築家Frederich Silaban氏であるが、モスクの原型は大規模に改築されて現在は異なっているようだ。礼拝堂は2層で、金のカリグラフィーを纏うコの字のバルコニーと金で装飾された大きなミフラーブが目に入る。バルコニーの床下に当たる部分は8角の星をモチーフで繰り返し装飾されている。 ロケーション:ボゴールはジャカルタ近郊の街でジャカルタ市内のJakarta Kota駅からManggarai駅経由のKRLコミューターのBogor Lineに乗って1時間半。徒歩では駅を降りて、繁華街を抜けると大きな正方形状の植物園があり、迂回しながら歩くのと工事で道が寸断されていたりと1時間程かかった。途中で植物園にも寄っているのでモスクまで徒歩で来てしまったが、ボゴール駅からAngkotと呼ばれるミニバスもありモスクの前まで行くことができる。 訪問:モスク入口のカウンターで門番に確認、英語が通じなかったが身振りで伝えた。 撮影:外観・内装ともに制限なし。ドーム直下まで撮影可能。

Al-Ghamamah Mosque

Madinah, Saudi Arabia : マディーナ・サウジアラビア  Al-Masjid An-Nabawi (Prophet's Mosque) 前の広場に建つサウジアラビアでは珍しいオスマン様式のモスクである。Madinahで最古のモスクのひとつともいわれるが何度も改築されているので原形は定かでない。オスマン・サウジ戦争で負けたサウード家の国家からオスマン帝国の治世下に移った際、オスマン様式に改築されて今に至る。名称はアラビア語の「雲」から、確かに名称のアラビア文字を削って検索すると雲が出てきた。雲の名は雨(雲)を呼ぶ祈願から取られたという。聖地を前に孤高の存在であるが、ムハンマドが祈りを捧げたことで高名で、礼拝者を集めている。黒い石造りのモスクというのもなかなかなく、格好いい。後ろから見るミフラーブ上のドームがメインドームの1個であり、他5個のドームが礼拝堂上に合わせて3個が2列、合計6個が礼拝堂上に並ぶ。ファサードのアーチで支えられたポルティコ上部にも、形状が異なるお椀を伏せたようなドームが5個あり、中央の1個は少し高くなっている。

Tesvikiye Mosque

Istanbul, Turkey : イスタンブール・トルコ  瀟洒な洋館のような趣のある、アルメニア人の建築家Krikor Balyanによって造られたネオバロック様式のモスクである。ファサードのコリント式柱頭の4本の柱と頭上のペディメントに掲げられたオスマン帝国の国章が印象的だ。1階左右端の表玄関の扉の上の紋章は国章の一部、アラビア文字の署名である。ミナレットもトルコのオスマン様式のモスクで一般的なものと一味違う、バルコニーは鍾乳石模様でない彫刻が施され、先の尖った鉛筆状でない丸みを帯びた段の飾りのようになっている。Balyan家は西洋建築の技術をオスマン帝国に持ち込んで多数の宗教建築や公共施設を造った多数の建築家を生んだ建築家一家でなのであるが、その一人であるKrikorも、このモスクをイスラーム文化とネオバロック様式の折衷でデザインしている。礼拝堂内部はトルコのモスクは外見を地味に、内装を飾り付けるのが常であるが、ここは伝統的なタイルの花柄で覆いつくすようなものではなく金色をふんだんに使った豪華なもの。特にミフラーブ周りは金を使いバロック様式の建築の外観のようにデザインされていて、しかし派手な煌びやかさではなく重厚感のある美しいものだった。

Ilidza Central Mosque

Sarajevo, Bosnia and Herzegovina : サラエヴォ・ボスニア ヘルツェゴヴィナ  サラエヴォ市街の西端の街、Ilidzaに2016年に完成、2017年に公開された。1,500人を収容する付近では最大の規模のもの。大きな街ではないが、モスクは周囲にあまりなく中央モスクの建造は念願であったそうだ。サラエヴォ市内は伝統的なオスマン様式で建造されたモスクが多いが、ここは赤銅色の巨大なドームそのものが礼拝堂になった珍しいデザインである。現代建築風ではあるが、どことなくオスマン様式との折衷を意識しているのもわかる。ミナレットはコンクリートの円柱形で2段のバルコニーを模した輪で装飾されている。礼拝堂の外周のアーチには6角星がくり抜かれた日除けがつけられている。窓が大きいので、採光には十分で礼拝堂内部は明るい。内部はシンプルで、ドーム状の天井の装飾はカリグラフィーのみ。ミフラーブは中庭に向かってドーム状の躯体がすぼむ後ろ側に設置されている。 ロケーション:トラムの西端の終点、Ilidža駅下車。駅を降りて広場から住宅街の中を何度か道を曲がりながら15分歩く。 訪問:特に断りはなし。 撮影:外観・内装ともに制限なし。

Quba Mosque

Madinah, Saudi Arabia : マディーナ・サウジアラビア  Madinah市内中心からやや外れにある、イスラーム史上では最古とも呼ばれるモスクである。Madinahにおいて Al-Masjid An-Nabawi(Prophet's Mosque) に続く聖地にあたり、礼拝に訪れる信者で溢れている。モスクとして原形が完成したとさせるのは西暦622年、ムハンマドがマッカから迫害を逃れて、この街に移り住んだ年である。イスラーム暦はヒジュラ暦と呼ばれるがこの年がヒジュラ暦での「1年」になる。現在のモスクは再建されたものであり完成は1986年。サウジアラビアで多数の、Jeddahの King Saud Mosque もデザインしたエジプト人建築家のAbdel-Wahed El-Wakil氏によって造られた。デザインは重厚な長方形で建物の真ん中に大きな中庭がある。礼拝堂上に明かり取りの窓がついたメインドームは6個、うち1個が一際大きく造られ、小ドームが合計56個ある。4本のミナレットは礼拝堂4隅に建てられており、四角形の土台から上部へ向けて八角形、円柱と変化する。エジプトでよく見られる形状で、2段のバルコニーにムカルナス装飾が施されている。以前のモスクはミナレットが1本の古い画像で見る限りでは四角形の似た雰囲気のモスクだが、これは完全に壊されて再建された。

Hagia Sophia Grand Mosque

Istanbul, Turkey : イスタンブール・トルコ  トルコの首都イスタンブールで Sultan Ahmed Mosque(ブルーモスク) と双璧を成す巨大モスクであり、「Hagia Sophia=聖なる知恵」と名付けれたビザンツ様式の歴史建築である。トルコ語ではAyasofyaと呼び、対外的にそのようにも呼ばれている。激動の時代を耐え、元々は栄華を誇ったビザンツ帝国時代に、キリスト正教会のMegale Ekklesia(大聖堂)として建造されたものであった。ラテン帝国の一時的な支配下でローマカトリック教会の時期があったが、正教会に戻った後もやがて、オスマン帝国の侵攻によって滅亡したビザンツ帝国の終焉を経てモスクへと転用されることになる。その後は世俗化した博物館となり、2020年にまたモスクに戻るという数奇な運命を経て今に至る。構造自体も現在のモスクとなる建造物の原型は3代目にあたり、初代と2代目は暴動で焼失、破壊されて残っていない。3代目の建造に当たって当時の最高峰の技術を集め、巨大な長方形で、メインドームとそれを挟んで2個の半ドーム、4本の柱とアーチでメインドームを支え、主身廊と2本の身廊、聖堂に入ることを許されない人々のためのナルテックスと呼ばれる細長い部屋で構成された基本的に現存している今の姿で完成した。現在でもヨーロッパで見かける標準的な長堂のバシリカ様式建築と、ドームを抱く正方形の集中式建築を融合させた「円蓋式バシリカ」と呼ばれることになる斬新な設計である。その後はしかしながらドームの崩壊、修復やバットレスを付け加えたりと段々と姿は変わっていくがおよそ現在の姿を保ってはいる。オスマン帝国時代になり、Mehmet2世によってキリスト教会から更にミンバルやミフラーブ、ミナレットなど付け加えられモスクとして運用されることとなった。最初に建てたミナレットはこれもまた崩壊してしまい、新たに建てた4本のミナレットが現存している。うち2本はオスマン帝国の天才建築家のミマール・スィナンによる。偶像崇拝を禁じたイスラームでもさすがにこの巨大建造物への畏敬の念からか内部の破壊はほとんどなかったようで、モザイクは漆喰で塗りつぶしていただけであったので現存している。ミフラーブが置かれている主身廊の一番奥、正教会の時代の至聖所(アプス)の頭上にある聖母子の宗教画は現在は

Emperor's Mosque

Sarajevo, Bosnia and Herzegovina : サラエヴォ・ボスニア ヘルツェゴヴィナ  サラエヴォ旧市街にある、オスマン様式の端正なデザインをしたモスクで、原型は1457年完成とボスニア最古であった。当時、ボスニアを統治していたIsa Bey Ishakovićからの資金の提供によって造られ、現在の姿はその後に再建と改装されているものだ。ビザンツ帝国を滅ぼしたオスマン帝国皇帝Mehmet2世に捧げられ、皇帝のモスクと呼ばれている。旧市街の横を流れるMiljacka川の橋を渡った反対側に佇んでおり、中心部にあるいくつかのモスクに比べ立地が多少離れているせいか、観光客は他より少なく静かな印象だ。見ていると近くで働く人々が足繁く通っているようだ。構造は古典的なオスマン様式で1本の鉛筆型のミナレットと8角形の台座に載った水色のドームが1個である。ポルティコと回廊で囲まれた中庭は正方形で真ん中に噴水があり、礼拝堂側にはドームはないが回廊上にいくつか小さなドームが並んでいる。通りから見ると、ゲートを挟んで特徴のある緑色の木製バルコニーと緑のドームの建物があるが、これは1910年にチェコ生まれで在ボスニアの建築家であった故Karel Paříkによって造られた、Ulema Majlisと呼ばれるイスラームコミュニティの評議会のものであった。

Sisak Mosque

Sisak, Croatia : シサク・クロアチア  シサクはザグレブからやや離れた中央部の工業中都市で、ボスニアからの移民が多いイスラームコミュニティにより新しくモスクと文化センターの複合施設がザグレブとリエカに次ぎ建造され、2022年に完成した。クロアチアはこの後も地方に新しいモスクの建造計画があるが、特に伝統に極めて忠実なモスクのデザインには拘っていないようで、このモスクも礼拝堂そのものを3角形を張り合わせた多面体の巨大なドーム型で造る近代建築である。エントランス上にはトルコのトルコの国際支援機構であるTIKAのプレートが掲げられている。全体の構造は3角形の敷地に先述の通り、ドームを大きくデフォルメした半球状の礼拝堂と直線的なデザインの事務所や図書館、ホールなどがある文化センターの棟と噴水のある大きな広場が造られている。ドーム内部は外からは見えないが光の透過を3角形のパーツで組み合わせており、六芒星の光が床の絨毯に降り注ぐという効果を見せている。

King Khalid Grand Mosque

Riyadh, Saudi Arabia : リヤド・サウジアラビア  第4代目のKhalid bin Abdulazizサウジアラビア国王の名を冠したリヤド最大級の大きさを誇る巨大なモスクである。訪問時は礼拝時間であったためか駐車場は礼拝者の車で一杯で撮影がうまくいかず、多くの信者を集めているのがわかる。車が多すぎて角度を見つけながら周囲を撮影し散策していると、車に乗った警備員に呼び止められた。撮影禁止であったのかと思いきや、「外で何をしているんだ、中を見ないのか?」と言われ、トランシーバーで中のスタッフへ連絡し玄関まで誘導されるという経験は今までにないものだった。それは着いてから僅か10分後の話で、その後は中庭と内部の案内と記念のお土産まで頂き、この見学の後には次のモスクへ行くと言うとタクシーを拾える場所まで車で連れていってくれたので至れり尽くせりで感謝。スタッフは全員フレンドリーでサウジアラビアのモスクの印象は大きく変わった。改宗する日本人も訪れているそうである。ランドマーク的な存在のモスクなのだが、外装は非常にシンプルなアラブ様式のモスクである。ドームは1個、ミナレットは1本のみで豪華絢爛さはなく質実剛健といった様である。デザインのアクセントとしてはエントランス、回廊、窓に多くのパターンの馬蹄形もしくは尖頭馬蹄形アーチを用いている。礼拝堂内部はそれに比べると優美な雰囲気で、緩やかな曲線の馬蹄形アーチでステンドグラスからの明かりのみで飾られたドームを支えている。ミフラーブは濃い茶色の木製で細やかな彫刻で飾られ、バルコニーも同じ木製で形状からRawashinと呼ばれるサウジアラビアの住居に使われる日除けのデザインを用いていると思われる。

Sakirin Mosque

Istanbul, Turkey : イスタンブール・トルコ  モスクは地図を見ると驚くが非常に広大で歴史的な墓地、Karacaahmet Cemeteryの入り口に建つ。にぶく光るメタリックな外装で覆われた大きな近代建築のドームが一体になった礼拝堂と、全体の配置としては礼拝堂に接して伝統的な正方形の回廊に囲まれた中庭のある、二つの融合が見られるデザインである。全体のデザインはトルコ人建築家の故Hüsrev Tayla氏、内装は女性インテリアデザイナーのZeynep Fadıllıoğlu氏で、その後にカタールのドーハにある Katara Mosque の内装も手掛けている。非対称に3連になった輪のシャンデリアには独特な水滴のようなデザインを用いているが、カタールでも水を模したであろうランプを使用しているので、おそらく同じような趣向なのであろう。トルコで主なオスマン様式や旧来のビザンツ様式で造られたモスクは壁からあまり光を取らないので全体に暗いことが多い。このモスクは壁は開口部が広く取られており、幾何学文様の網の目に覆われたガラスから室内に光が降り注ぐ。グラデーションになった朱色の天井と現代美術の石の彫刻のようなターコイズブルーと金のミフラーブが礼拝堂でよく映えている。モダニズムに外装は殆どグレーの色合いで、内部を色鮮やかに装飾するという、オスマン様式の意匠を含ませているのは見事だと思う。

Ferhadija Mosque (Ferhat Pasha Mosque) -Banja Luka-

Banja Luka, Bosnia and Herzegovina : バニャルカ・ボスニア ヘルツェゴヴィナ  バニャルカは首都サラエヴォに次ぐ2番目に大きい街で、ボスニア ヘルツェゴヴィナを構成するうちのスルプスカ共和国側、正教会を信仰するセルビア人が主体となる地域である。モスクの原型は、オスマン帝国の支配下にあった時代の1579年、ボスニアのオスマン帝国将軍のGazi Ferhad-paša Sokolovićの命によって建造された。オスマン帝国時代にはたくさんのモスクを含むイスラームの施設が建造されたが、その後の紛争で多くが破壊され、このFerhadija Mosqueも紛争で、直接的には当時の政府主導で1993年に破壊された。勿論、旧ユーゴ紛争全体では多くのキリスト教建築も同じように破壊されているのだが、セルビア人主体のこの地域では再建における過程でもわだかまりは消えず、暴動などもあり紆余曲折、再建は2007年に始まり2016年に完了した。3個のアーチで支えるポルティコ上に3個の小ドーム、礼拝堂上にメインドームとミフラーブ上に半ドームという伝統的なオスマン様式で造られ、控えめな外装に対してドーム内部は朱色と青を使い植物文様で絢爛に彩られている。

King Saud Mosque

Jeddah, Saudi Arabia : ジェッダ・サウジアラビア  ジェッダ市内で最大級の大きさを誇る代表的なモスクで、5,000人の礼拝者を収容する。サウジアラビアで多くのモスクを造るエジプト人建築家のAbdel-Wahed El-Wakil氏の作品。ジェッダ中心部の市を縦に貫くメインストリートに面して建っている。白い壁と3個のドームをもつ美しいアラブ様式のモスクであるが、アラビアのモスクではあまり取り入れらないペルシア様式も取り入れている。イランや中央アジアのモスクで見られるような巨大なイーワーン、開口部を持っており、市内を北上して来ると威厳をもって立ちはだかるのが見える。若干歪みのある正方形の建物から大通り側に突き出しており、この通りに面する階段を登りこのイーワーンを通じて礼拝堂へ進む。開口部の上部は緻密なムカルナスと呼ばれる鍾乳石模様の装飾が施されている。更にその上には設計した氏のルーツへのオマージュであろうか、エジプトのマムルーク建築のモスクで見られる正方形から八角形に変化し、バルコニーが段になった重厚なミナレットが聳え立つ独特のデザインとなっている。

Zagreb Mosque

Zagreb, Croatia : ザグレブ・クロアチア  首都ザグレブにある、クロアチアに現在数カ所のみあるモスクの中央的存在である。クロアチア人は伝統的にローマカトリックを信仰しており、オスマン帝国侵攻後の改宗や、人種と宗教の坩堝であった旧ユーゴスラビア時代、その後の戦争でムスリムの流入があったが全体を見るとムスリムはごくわずかである。個人的な印象であるが、旧ユーゴ諸国の中でも、クロアチアは少ないムスリム人口の割には大規模なモスクが建造されていて、人種宗教観の揉め事の多いバルカンでは割と先進的、共存共生に寛容な気がする。ザグレブはオスマン帝国に占領されずにいたためモスクは無く、新しく中央モスクと図書館や学校がある複合施設が建造された。デザインはボスニアのボシュニャク人建築家Dzemal ČelićとエンジニアのMirza Gološによるもの。従来のバルカン半島で見られるオスマン様式や箱型寄棟造りのモスクの要素はミナレット以外になく、かと言って最新のテクノロジー要素のある近代建築でもなく、緩やかな曲線のドームを3個に切り取って頭頂部をずらして開口部から光を取るというポストモダン的な要素を感じる。内部のバルコニーやミフラーブ、ミンバルも滑らかな曲線を利用してデザインされている。

Marmara Ilahiyat Mosque

Istanbul, Turkey : イスタンブール・トルコ  マルマラ大学神学部に造られた一見すると近未来的な姿のモスクであるが、実はアナトリア地方の伝統的なKırlangıç Tavan=「つばめの天井」と呼ばれる建築の技巧を用いてデザインされている。木製の梁を斜めにずらして重ね積み上げて、最上部の開口部から光を取る方法をモスクのドームへ応用している。アナトリア地方以外の諸外国でも用いられているが、同じようなドームの技巧は、トルコ国内のErzurumにあるErzurum Ulu Mosqueで木製のドームを見ることができる。このモスクでは、パーツの一部を透過させてらせん状に重ねて渦巻状の模様を作っており、ドーム直下から天井のガラスを見上げるとまるで吸い込まれていきそうな感覚になる。デザインはトルコの建築事務所であるHassa Architectureによるもので、オフィシャルに「伝統とオウムガイの形のフラクタル」をインスピレーションにしたとある。この建築事務所は日本の東京に端正なオスマン様式の 東京モスク(東京ジャーミー) も建造している。

Sarena Mosque (Suleymania Mosque)

Travnik, Bosnia and Herzegovina : トラヴニク・ボスニア ヘルツェゴヴィナ  首都サラエヴォからやや離れた山間の小さな街トラヴニクに、美しく装飾された外壁のモスクがある。火災により1815年から16年にかけて現在のモスクの原型に改築され、1980年代に最終的に現在の姿に修復されている。デフォルメされた抽象的な繰り返しでなく、バルカン半島のモスクの内部の装飾で見かける写実的な樹木、花、葡萄などの植物文様が壁に整然と描かれていて、「Ornamented Mosque」とも呼ばれている。ミナレット部分が少し突き出している以外ほぼ長方形の礼拝堂と寄棟造りでドームのない屋根をもち、フラットな礼拝堂の天井には平面の文様が描かれる。画像でも僅かに見えるが、突き出している部分の外壁には果物のスイカにナイフが刺さっているのも見え、何を意図しているのか不明だが面白い。1階部分のアーチで支えられたアーケードには土産品などを売る店舗が並んでいる。エントランスは表から見えず、礼拝者は裏側に2階にあがる階段から礼拝堂へ入る。礼拝堂内部の壁や天井は、オレンジ・青・黄色・緑色の市松模様や六芒星の繰り返す装飾が施され、木製の柱や扉やミンバルも美しい色合いで塗装されている。北マケドニアのTetovoにも同名の装飾で有名な Sarena Mosque があり、現地語でのSarena(頭文字は本来Š)は英語でColorfulの意なのでそれも頷けるところだ。

Ljubljana Mosque

Ljubljana, Slovenia  : リュブリャナ・スロベニア  オスマン帝国の進出のためイスラームの影響が大きい旧ユーゴスラビア全体ではあるが、スロベニアは対抗するハプスブルク家の影響が大きい様である。スラブとイスラームの融合した文化のバルカンを旅してもこの国はどちらかと言うとオーストリアに近いヨーロッパ文化の一国であることを強く感じる。旧ユーゴ諸国の中ではイスラーム教徒の人口はクロアチアに次少なく、過去より現存するモスクも恐らく1箇所くらいではないかと思う。数少ないムスリムのために首都リュブリャナにモスクを建設する運動はあったが反対もあり頓挫していたが、カタールからの資金提供でようやっとモスクを含めた複合施設が完成となった。広く取られた中庭に円柱形の打ちっ放しのコンクリートのオスマン式鉛筆型ミナレットが聳え立っている。正方形の大きなモスク本体とそれを囲むように長方形の図書館や教室や事務棟など4棟が建つ。モスクの隣にはほぼ3角形(実際は台形)に見える池がある。鉄骨の菱格子でコンクリートを覆い反復するイスラームの意匠を表したシンプルで近未来的なデザイン。モスクの扉は木製で暖かに見える。直方体のモスクの天井はフラットでドームは見えないが、内部の柱の無い天井から巨大なドーム状の青い布が吊るされて宙に浮いているいる斬新な仕掛けになっている。今回は中を見学することはできなかったので残念。現代建築のモスクと伝統を融合したデザインはスロべニアの建築事務所であるBevk Perović Arhitektiである。

Vefa Kilise Mosque (Vefa Church Mosque)

Istanbul, Turkey : イスタンブール・トルコ  ビザンツ様式で建造されたギリシア十字形の礼拝堂を持つ正教会建築である。原型は諸説あり不明。十字軍占拠時代にはローマカトリック教会としても使用された。正十字に造られた上部にメインドームがある。また、階段でアクセスする道路に面した表玄関と、儀式を執り行うための聖堂との間に細長いナルテックスと呼ばれる広間があり、その頭上に3個のサブドームがある。当時訪問の時点で全体に修復が完了したばかりのようで、内部はまだ塗料の匂いが残っていたのだが、メインドームはイスラームの意匠で修復されているので瀟洒な立体感のある植物文様の繰り返しで装飾されている。ナルテックス上のドームには聖人のモザイクが修復されて残っている。現在も礼拝者が集まるモスクとして使用されているのだが、漆喰で埋められたりされておらず必見。ミフラーブはメッカの方角とずれているため、窓の一部を埋められて斜めに設置されている。

Al-Juffali Mosque

Jeddah, Saudi Arabia : ジェッダ・サウジアラビア  小さなドームが幾重と連なる美しいこのモスクは、Jeddah旧市街のAl Balad地区のそばにある。Lake Al-Arbaeenと呼ばれる紅海の入り江のような地形の湖のほとりに佇み、モスクの周囲は美しく整えられた公園となっている。モスクはおよそ長方形をしており、東南の隅に2段のバルコニーのついたミナレットが1本建つ。デザインはサウジアラビアでいくつものモスクを建てた高名な建築家のAbdel-Wahed El-Wakil氏である。氏はエジプト人で、元々は瀟洒な邸宅の設計をしていたのだが、同じJeddah市内の King Saud Mosque や、Madinahの Quba Mosque の再建など一見重厚なようでもあるがシンプルで優雅なアラブのデザインを使ったモスクを造ってきた。今回の訪問では内部は見ることができなかったのであるが、ドームはエントランス上に1個、礼拝堂に5列×5列が均等に25個並び、内部は16本の列柱のアーチで支えられている。

Rijeka Mosque (Rijeka Islamic Center)

Rijeka, Croatia : リエカ・クロアチア  クロアチアのアドリア海に面した港湾の街リエカにある現代建築のモスク。カタールの援助を受けて2013年完成した。にぶく光る鋼製の独特の半球面と鋭角のカットをもつ。ドームは何個と数えてよいのか、5個のカットされたドームが組み合わされているように見える。ミナレットが無ければモスクとはわからないような、現代アートの作品風の曲線が美しいデザインである。その半球の構造そのものが巨大なドーム状の礼拝堂になっているのだ。彫刻的でもあるのは、ドームの原案はクロアチア人彫刻家の故Dušan Džamonja氏とのことで、それを基にクロアチア・ザグレブの建築事務所であるADB:Arhitektonski Dizajn Biroがデザインした。モスクは山の中腹にある高台に建ち、モスクのある広い中庭の階下にはカフェレストランがありトルコ式のお菓子や旧ユーゴスラビアほぼ全体で食べられているイスラーム系の料理などを食べることのできる。ベランダに席があり、海を臨む景色が見えるので見学の後に時間があれば立ち寄るのもよいと思う。